原文:http://www.soundonsound.com/sos/oct02/articles/oval.asp
Ovalのマーカスポップは言います。
「これまでの定義や分類では、電子音楽の価値は測れない。」
マーカスの進めたプロジェクトはとてもコンセプチュアルであり、
”音楽は、音楽を作るソフトウェアによって作られている。”
という考え方を私たちに突きつけました。
「シンセサイザーとかエレクトロニックミュージックに興味持ったことがない。
クラフトワークについてどう思う?とか聞かれるけど、何言ってんだか。キーボードで音楽作る時代は10年以上前の話だし。
今や作曲はソフトウェアの中で完結する、アップルPowerbookの時代だよ。80年代の MIDIみたいな作り方にさかのぼるってことも、そりゃできるけども。 無意味でしょ。」
90年代初頭より、マーカスポップはOvalの名義で創作し、実験音楽の最前線にいます。
当初Ovalは、Sebastian Oschatz、Frank Metzgerとの3人構成で、いわゆる”グリッチ”ムーブメントのパイオニアとして知られるようになりました。
従来のシンセなどの楽器を拒絶し、彼らの初期のアルバムは、CDプレーヤーの出す異音から構成されています。ディスクに意図的に傷をつけ ることによって生み出された音の断片を緻密に組み立てていくことで、独特の美しさを持った音楽が作られています。
2002年現在、Ovalはマーカスのソロであり、グリッチムーブメントからは身を引きましたが、相変わらずシンセサイザーには興味がないようで す。(2002年当時の)最新作である”Ovalcommers” と ”Ovalproess” は、アップルのPowerbookのみで作成されています。
”Ovalproess” は同名のソフトウェアも使われて制作されたと思われます。
このソフトウェアを使って作られた、インタラクティブなインスタレーションオブジェがあり、ギャラリーなど公共の場に展示されていました。
プレスは「music-as-software の考えに沿って、新しい現代電子音楽の作曲方法の提 示した。」と報じました。
プロセスの内部
マーカスいわく、
「Ovalproess は、私の音楽制作をモデル化したものだ。市販の音楽制作ソフトとは全く異なる思想でデザインした。だからこそ、ソフトウェアでの作曲の仕方について、もう一度考えることにつながる。
Ovalproess は、ソフトウェアの話の中で語られるよりも、音楽の話の中で語られてきたが、Ovalでやろうとしているのは、電子音楽に新しい価値基準を加える、とうい ことだ。
なぜなら、このPowerbook の時代というのは、電子音楽に対して価値基準のない時代であるべきだと、私は思うから。
それでも定義したいんなら、
電子音楽とは画像ファイルでもWordファイルでもないもの
てことになる。」
Ovalproess がこんな外観をしているのはこういった理由のためで、直感的でインタラクティブなソフトウェア
にしようと思った。」
「けど、かつての音楽がもうすでに存在している以上、Powerbook時代の電子音楽について議論することがなんだか無意味に思えてきた。
だから、Ovalproessの目的が変化しつつある。
私はもう、まるでピアノの曲を作ってるかのように電子音楽を作っているフリをして、レコーディングアーティストとして続けることに、興味がなく なっている。
ステージで演奏される音楽であっても、または単にCDに録音された音楽も、制作時に使用するソフトウェアと切り離すことはできない。なぜなら今日存 在する電子音楽は、使用するソフトウェアの機能に依存しきっているからだ。
シンプルに
Ovalproess は、電子音楽の制作を抜本的に変えるツールを目指したものではありません。むしろ、まさにその名のとおり、マーカス自身の制作過程そのものを表しています。
「これはみんなに理解してもらえるような、インターフェースだ。実際に私が制作に使ってるソフトウェアってわけじゃない。単純に、私がどうのように制作してい るかのモデルだ。
このソフトウェアのコンセプトは、完全にユーザー中心であること。別に、私がCD音源を作るときに使うソフトを秘密兵器にしたいからってわけじゃあ ない。秘密兵器にもできるけど、そんなことしたってつまらない。」
レコーディングアーティストとしてのOvalは、すでにスタンダードなソフトウェアに頼りきっている。事実、Ovalの制作のシーケンスソフトでト ラックをレコーディングしている。
Ovalproess に関わったサンフランシスコのプログラマ、Richard Rossは、ポップが説明に骨折っているのとは対象に、従来の音楽制作ソフトへのフラストレーション、限界を引き合いに出さない。
「僕の音楽は例えば古いテープレコーダーから得られるような音を収集してる。だからシンプルであるように努めた。Ovalproess は、まさに音のテトリスといった具合のシンプルなアプリケーションだ。
すでに存在しているようなプロフェッショナルな音楽制作ソフトにしようと思った試しはない。なぜならそれらとは音源とか、使ってるものがまるで異な るからだ。Ovalproess は、私の音楽をCDで聴いてもらうという行為とは反対であり、私が考えていることを皆さんに見て、使ってもらえるようなドキュメントと位置づけている。」
「Ovalは、従来のソフトの制限に不平を言うことより、それらに内在するロジックに言及することに興味がある。
ソ フトから限界を感じる行為には、私は矛盾を感じる。なぜならそれの意味するところは、ソフトでのシュミレーションの範疇外で作る音楽のアイデアを持っているということになるから。
そりゃないよ。伝記ふうに言うけど、音楽がすでにソフトウェアの実装の範囲でシュミレートできるという、ただその地点において、私は音楽製品に関わっているんだから。ソフトウェアだからこそ、これらが全て可能なんだ。」
「私の音楽のプラットフォームは、いわばプログラマとして言うと、ソフトウェアの外からできたものではない。もちろん私個人的としては、ソフトウェ アの中で音楽が終わるということはないと思っている。けど、プロジェクトとしてのOvalは、完全にソフトウェアによるシュミレーションという領域にあ り、この領域の多くの側面に注意を引き付けるには十分とはいえないと私は思う。
なぜなら人々は、未だに電子音楽についての議論を、1世紀も前からの「いわゆる音楽」の観点から、また音楽の背後にあるクリエイター、作曲家の観点 から行っているからだ。
Ovalは次のように語るでしょう。
「OK、我々が直面しているのは、音楽がソフトウェアシュミレーションの可能性内のみにあると決めまれちゃってる状況なわけだ。」
断片を拾い上げる
では、Ovalproess がモデル化しようとしているクリエイティブなプロセスとは何か?
もちろんポップはもう’グリッチ’ミュージックを作ってはいないが、最近の作品には強い哲学的要素がある。
’グリッチ’アプローチの一つのポイントとして、どういう類のサウンドソースを用いるかという制限を自ら課す、という点があった。これは現在のポッ プの制作手法でも同様である。
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ポップは、無数の小さなサウンドファイルのアーカイブをPowerbookのハードドライブに作っている。これは彼 の音楽で使われているサウンドの究極的なソースであり、と同時に新しい素材を作るための材料でもある。
「以前に既存のCDからのサンプリングをしていて、これが今では膨大なアーカイブになっている。で、とあるソフトウェアを使うようになってから、と ても簡単に、時間をかけずにこの一つ一つの音の編集ができるようになった。
だから今のところ、最近の私のCDの音源はOvalproess からでなく、このアーカイブから持ってきてる。
もちろん、音をグルーピングしたりってことは常にしているが、これは私の個人的な趣味か、もしくはその作品用のアイ ディア・ガイドラインに沿ってそうしてるだけ。」
と彼は説明します。
Ovalのトラックを作る際のポップの仕事は、小さな音の断片を集積し、それらを発展させて音楽的なトラックの要素 にさせていくことである。
「断片から作っていく作業のため、アニメーションフィルムを作る技術に似ているかもしれない。」
「この小さな音の断片を少しずつ接着させていく。アーカイブにある音はあくまで単なるサウンドファイルで、それだけ再生させても意味を成さない。
時々そのままループさせることもある。しかし、例えば一曲の最初から終わりまでの3分間くらい、バックグラウンドで ずっとリピートさせているような場合でも、そのループ自体は小さな音の断片から作られている。」
「私は今も、タイムラインベースであるシーケンサーを使って曲を組み立てている。録音は行わず、基本的にすでにアーカイブにあるサウンドファイルから断片を拾い、スポット的に音を作ったりもする。
とてもライブであるが、リアルタイムではない。いかにして私のトラックが音楽的になっていくかの、最も重要なポイントは、おそらくMac OSそれ自体だろう。なぜならファイルを視覚的にグルーピングできるからだ。このことは他のどんな新しいプラグインや、DSPアプリケーションよりも重要なことだ。」
「シーケンサーで編集できるようになる前は、それぞれのサウンドファイルはもっと小さかった。シーケンサーはまさに組み立てるためのツールだ。未だに音楽を作る人がどうやってシーケンサーを使っているのか知らないから、たぶんソフトの能力の5%くらいしか使えてないんだろう。けど、音を組み立てるために何度も何度も使ってる。小さなファイル達をまとめてシーケンサーに放り込めば、どんな組み合わせだって可能になるから、実作業はシーケンサーで編集しだす前だ。」
「これはそんなテクニカルなことではなくて、まだに作業だ。すごく時間がかかるし、進むのも遅い。ハイエンドな編集ツールを持っていながら、何かの都合で従来の切り抜き作業でアニメを作る様を想像するといい。キャラクターのレンダリングには最新の装置を使うのに、なぜ絵を動かすのは従来の古い方法でやるのか。だけどそういうことだ。他の作曲家と話す機会はほとんどないんだけど、大体私のこんなやり方にみんな驚くね。みんな、私が独自のソフトやMaxのパッチを作ってたり、ネットワークで音を生成する装置を持ってるのかと思っていて、私のすることはサインするだけだと思っている。私の作業がいかに手作業かを見て彼らは驚くし、時間がかかるのもこのせいなんだ。」
人間の介入
ポップの手作業による切り貼りは、Ovalの全曲に渡り施されている。しかし全て作品において、やや抽象的な基準で、デザイン的なガイドラインに従って選ばれた”補填”がなされている。時にそれはポップの恣意的な選択でもある。これらは美的観点であったり、ポップの経験則によるものである。
「自分のためだけの個人的な基準だ。テクノロジー、ハードウェア、ソフトウェア、インターフェースなどへの、私の個人的な適応方法にすぎないんだ。けど、単に便利なツールから出てきた音じゃなくて、音楽的だといってもらえるようなアイデアを追求し続けているんだ。だからそういう、必ずしも必要ではないような余計な作業をしているんだ。
例えば、 Ovalprocess のCDでは、ギターやオルガン、フィードバックのような音を使うって決めたんだ。実際にこれらの楽器を演奏することは私はできないし、録音したりサンプリングもできないにも関わらずね。またOvalcommers のCDでは、トロンボーンなどの管楽器に聴こえる楽器のサウンドファイルをアーカイブから選ぶ、ということをガイドラインとして決めたんだ。もちろんそんな楽器を演奏することもできなきゃ録音することだってできないし、どんな形をしていてどうな風に音が出るのかも知らない。
だけど、何か基準を導入するというのが重要なんだ。というのも、Ovalの音楽は常に何かリミットをつけていて、サウンド作り方に制限を設けてきた。事を全うして、楽曲が進むべき方向に私を導いてくれるために、ガイドラインを作っている。特定の音とか何かに興味が行っちゃって、そればっかり追求しだすような事にならないように、ちゃんと作曲が完了できるように締め切りを決めるっていうのに近いね。」
「私は、私の音楽が、ただ単にツールから得られた結果で終わるんじゃなくて、それらとは何か明確な違いを持ちえることを願っている。願わくばそれがソフトウェアの作りの特徴からは想像しえないものであって欲しい。もちろん、みんなが私の音楽を雰囲気とか不合理なコンセプトで定義してくれるように、常に仕向けてはいる。そういった観点から私の音楽について論じることもできるだろう。けど正直言って、私は作曲家じゃあなくて、皆さん同様、ソフトウェアをテストしてるにすぎない。」
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